日々を生きていくということ

満月は雲に隠れて見えないけれど、
確かにそこにあるならそれでいい、と思える

目に見える愛や優しさが無くても、そこにあると信じていられるなら、見えないことを残念がることもないし、不安になることもない。
でも、そういうふうに見えないものを信じられる人とかそうそういない。
でなきゃ悩みある人なんかいないよねー。

薄ぼんやり、満月が雲の向こうからわずかな光を届けている。信じることができないなら、わずかの光をキャッチする感覚を研きたい。
幸せキャッチセンサーみたいの。



・・・・・と、ぽてぽて歩きながら考えていた。
偉そうなことは言えないけど。それでも、こうありたいと願うこと。
一瞬一瞬の積み重ねで今がある。

このごろ、愛とか恋とか家族とか夫婦とか友達とか会社のこととか、なんか色々考えてる。自分の心地よさってどこにあるかな、とか。
今あることに強烈な不満とか逆に願いとか、持っているわけでもない、けど、何となく満たされてもいない感覚。
隙間だらけの何かを埋めるように日々を過ごしてるのって、なんか虚しいなーとか思ったりする。忙しさを言い訳にはしたくない。考え続けることを止めないこと。

Monthly 2010.05

←フィルム写真のワークショップに参加してきましたかけらのことちまちまちまちま→
↑Page top| Blog topアーカイブ このブログを購読